
宝厳院は、嵐山にある臨済宗大本山・天龍寺の塔頭寺院のひとつです。
1461年、室町幕府第2代管領・細川頼之が開基となり創建されました。その後、応仁の乱によって焼失し、天正年間に再興。2002年には天龍寺方丈南側の現在地へと移転し、現在に至ります。
最大の見どころは、室町時代の禅僧・策彦周良禅師が作庭した回遊式山水庭園「獅子吼の庭」です。
「獅子吼」とは「仏が説法する」という意味を持ち、庭を歩きながら風の音や鳥のさえずりに耳を澄ませることで、自然そのものから人生の真理を感じ取るとされています。
江戸時代に刊行された「都林泉名勝図会」にも登場した名園であり、苔むした地面を覆う緑と、秋になると燃え上がるように赤く染まる約200本のカエデやイチョウのコントラストは、嵯峨野随一とも評される絶景です。
宝厳院は通常非公開で、春と秋の限定期間のみ特別公開されます。
秋の夜間特別拝観(紅葉ライトアップ)は例年11月中旬から12月上旬にかけて開催。嵐山エリアで紅葉のライトアップを実施している場所は意外に少なく、宝厳院はその希少な存在として毎年多くの人が訪れます。


おお……庭の全貌がこれか。紅葉は上から燃え、足元の石の間には星が降りてきておるようじゃ。天と地が、どちらも光っておる。これはいったいどういう仕掛けじゃろうか。

庭一面に敷き詰められた川石の間に、青と金のLEDが無数に仕込まれているんです。上から見ると、石の黒い海の中に光が散らばって、天の川が地面に落ちてきたみたいでしょう。


「苔海」……とな。海とは大仰な。これは石ころの集まりではないかのう。しかし、なるほど確かに……近づいてみると、石が波のように起伏しておる。

この「苔海」というのは宝厳院の庭の中の演出で、丸みを帯びた川石を敷き詰めて海の波を表しているんですな。石一つひとつは無骨で無言なんですが、寄り集まることで「揺れ」が生まれています。


冷たい青い色と、温かい炉の色、じゃな。石は水をまとわぬが、この光は水のように石の間を流れておるように見える。

白いLEDが川筋のように蛇行して配置されていて、金色のLEDがその周囲に散っているんです。上から見ると、それが本物の水流のように見える。石の海に光の川が流れておる……これこそが「苔海」の正体ですな。乾いた石の無骨さと、光の柔らかさ。真逆のものが一枚の絵の中に同居している。これは乙ですな。


おお……今度は水があるのかのう。先ほどは石の「海」で、今度は本物の水じゃ。それに……青い。空の色のような、夜の深海のような……あの青い光はなんじゃろう。

池の中と岩に青いLEDが仕込んであるんです。水中から発光しているから、水面が蒼く染まって揺れている。手前には朱に燃える紅葉、奥には凍てついたような青の水世界……この対比は尋常じゃないですな。炎と氷が一枚の写真の中で正面からぶつかっている。


水面に光の線が蛇のように曲がって奥へ消えておるが……あれは光か、それとも水の流れか。境界がわからぬのう。


水面に沿ってLEDの線が蛇行しながら奥へ伸びていて、水面がそれを映してもう一本の揺らめく線を作っている。光と、光の影が水に描かれているわけですな。水は光を透かす繊細なレース、と言いましょうか……池そのものがキャンバスになって、光が絵を描いている。


ぬう、この窓ガラス。景色が歪んでおるではないか。作った職人の腕が悪いんかのう?

お待ちなされ宗匠!これこそが「美しき不完全」!明治・大正の職人が残した、ゆがみ硝子にございます。


ほう……。なるほど、紅葉が溶けて、まるで天目茶碗の釉薬が流れる様に見えるわ。……、お主、なかなかやるようになったな。

ゆがんだものが好きな私には、ここはベストショットです。


視界のすべてが紅に染まり、目が眩むようじゃ。

宗匠、これは宝厳院の紅葉の「真髄」にございます! 見てくだされ、この圧倒的な黄金と紅の質量感を。ただの葉ではなく、一葉一葉が夜の闇を押し返し、空間に光の厚みを作っておるのです。


一枚一枚を見ると鋭い枝先が影を切り裂き、夜の静寂が透けて見えるようじゃのう。

影の冷たさと紅の熱量……まさに茶室での主客の火花散るやり取りのようですな! 宗匠が「削る美」なら、この紅葉は夜の闇を「崩す美」。この一期一会の輝き、拙者は一生忘れますまいぞ
アクセス
- JR山陰本線(嵯峨野線)の嵯峨嵐山駅からは徒歩約10〜15分
- 京都駅から市バス28系統に乗り「嵐山天龍寺前」バス停下車後、徒歩約5分
- 京福電鉄(嵐電)嵐山駅からは徒歩約3分






























































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