
京都府京都市左京区に位置する慈照寺、通称・銀閣寺は、室町幕府八代将軍・足利義政が文明14年(1482年)に造営を開始した東山山荘を母体とする禅宗寺院。
応仁の乱によって荒廃した京都の東山に、義政は政から離れて文化と美の世界に沈潜する場所を求めた。長享3年(1489年)に完成した観音殿、いわゆる銀閣は二層の楼閣で、下層は和様の書院風、上層は禅宗様の仏堂風という構成をとる。
高さは約8.7メートル。その名から銀箔が張られていると思われがちだが、2007年の学術調査により外壁に銀箔が貼られた痕跡はまったく存在しないことが明らかになっている。銀閣寺の通称は江戸時代以降、金閣寺との対比で生まれたものであり、義政自身が銀を意図したという記録は残っていない。
むしろ義政が追い求めたのは金でも銀でもなく、禅の精神から生まれた侘びと寂びの美意識であった。この東山文化の精神は、能・茶の湯・生け花・枯山水など今日まで続く日本文化の礎となっている。
境内には銀閣のほか、国宝・東求堂や向月台・銀沙灘といった独特の砂盛りの庭が広がり、散策しながら時間を忘れる空間が続く。周辺には哲学者・西田幾太郎が思索を巡らせたことで知られる哲学の道(約2キロメートル)が南へ延び、その先に永観堂、南禅寺と世界遺産・名刹が連なる。
アクセスは、京都市バス5系統・17系統・100系統にて銀閣寺道バス停下車、徒歩約5分。


ようやく来たのう、銀閣寺へ。

宗匠、ひとつ確認してよいですか。これ、どこに銀がありますか。

ないのう。

ないですよね。全部黒と白ですよね。銀閣寺と聞いて来た人間が全員ここで首をかしげるわけですよ。私も正直、看板を見間違えたかと思いましたよ。

銀がないから、銀閣寺なのじゃよ。

それ、どういう理屈ですか宗匠。

金閣寺は金を見せる場所じゃ。しかしここは、何もないことを見せる場所じゃ。塗られていないことが、すでに答えなのじゃよ。

……なるほど。つまり義政公は、あえて塗らなかったと。

戦で焦土と化した京の都を見てきた義政公がのう、そこに金ぴかの建物を作れたかどうかじゃ。この黒い木の色は、義政公が見てきた時代そのものかもしれんのう。

金閣寺の義満公と銀閣寺の義政公、祖父と孫でこれほど違うとは。ひとつの家系でここまで振り切れるものですかな。

義満公は天下を取った人間の美学、義政公は天下を手放した人間の美学じゃ。どちらが深いかは、あとの世が決めることじゃのう。

月に向かう台と書いて向月台、満月の夜に白砂が月光を反射して銀閣を照らすために作られたとされる。

見事な砂山じゃのう。

宗匠、これ、砂ですよね。世界遺産の庭のど真ん中に、砂山がありますよ。

向月台という。月を向く台じゃ。

台ですか。誰も乗れませんよこれ。乗ったら怒られますよ。乗れない台って台と呼んでよいのですかな。

月を迎えるための台じゃ。人が乗る必要はないのじゃよ。

つまり満月の夜にこの砂山が光を反射して、銀閣をぼんやり照らすと。なるほど、それは乙ですな。しかしよく考えると、銀箔を貼る予算がなかったところに、砂で月光を反射させて銀色に見せようとしたのでは。

それは深読みが過ぎるのう。

でも宗匠、あながち外れておらんと思いますよ。銀がないなら月に借りればよい、と。義政公、なかなかの倹約家でございます。

倹約か。しかしのう、金箔を何枚使っても出せぬ光というものがある。月の光は毎晩ただで届くのじゃ。

金を使わず月を使う。これが東山文化の正体でしたか。

広大な白砂の庭・銀沙灘が波紋状に丁寧に掻き均され、海原を思わせる静謐な景観を作り出している。

海じゃのう。

砂ですよ宗匠。ただし、ものすごく丁寧に砂ですよ。この波の線、全部手で引いてあるのですよ。毎朝誰かが櫛目を入れているわけです。

それが美というものじゃ。誰かが毎日手を入れ続けることで、自然に見える。

その誰かがちょっと気の毒ではありますが。雨が降ったらやり直しですよ。風が吹いてもやり直し。観光客が踏んだらもちろんやり直し。

ところで右のほうに人がおるのう。

おりますな。完璧に整えられた砂の横で、スマホを向けてにぎやかにされておる。

この砂はのう、月光を反射させるために毎夜静かに輝いておる。しかし昼間はこうして人間に見物されておるわけじゃ。

夜と昼でまったく別の顔を持つわけですな。夜は月のための庭、昼は人間のための庭。

そう考えるとのう、本当の銀沙灘は夜にしか現れんのかもしれんのう。

国宝・東求堂、黒い木材と白漆喰の組み合わせが銀閣と同じ色調で境内に溶け込んでいる

……これは。

宗匠、急に黙らないでください。どうされましたか。

この建物の中にのう、同仁斎という四畳半の間がある。義政公が茶と書と詩を楽しんだ部屋じゃ。日本の茶室の原型とも言われておる。

つまり宗匠の茶室の、さらに大元がここにあると。

ワシが生まれるより百年近く前に、義政公はすでにここで茶と向き合うておったのじゃ。某はその先にいるに過ぎんのう。

宗匠がしんみりするのは珍しいですな。しかし考えてみれば、応仁の乱で京が燃えている最中に、ここで静かに茶を点てておったわけですよ。外は戦、中は一服。

政を捨てたと言われた義政公じゃが、乱世の中でこういう場所を作ったということは、別の何かを守ろうとしておったのかもしれんのう。

金閣の義満公は天下を作り、銀閣の義政公は文化を守った、ということですかな。

そしてその文化が、今も某たちの中に生きておる。この東求堂がなければ、某の茶室も生まれておらんかったかもしれんのう。

東山の斜面を覆う苔が一面の深緑に染まり、木々の幹と枝が苔の海から静かに伸び上がっている。

ここに来て、ようやく緑に出会うたのう。

宗匠、これは驚きました。銀閣も東求堂も砂山も、ずっとモノクロの世界でしたのに。ここだけ急に全部緑ですよ。

義政公はのう、白と黒を極限まで研ぎ澄ました末に、この緑を置いたのじゃ。削ぎ落とした先にだけ、本当の色が見える。

なるほど。金閣寺ではいきなり金でしたが、銀閣寺は最後にここへ来て初めて色が解禁される仕組みですか。

金閣は一目で全部見せる。銀閣は歩いた者にだけ、少しずつ渡してくるのじゃ。

義満公と義政公、やはり根本から違いますな。しかしこの苔、織部グリーンに負けず劣らず見事な緑でございます。


……なんじゃこれは。

銀がないと言うたら、ここだけ銀がありましたよ。しかも五円玉と十円玉と百円玉も混じっておる。

銀箔を貼る予算がなかった寺に、後世の人間が小銭を投げ込んでおるのかのう。

義政公も想定外でしょうな。六百年かけて庶民が銀をカンパしてくれるとは。


今日は存外よい一日でしたな。砂山と苔と国宝と、小銭の池と。

銀のない銀閣寺じゃったのう。しかしのう、銀がないからこそ、今日見たものが全部残っておる気がするのじゃ。

金閣寺は目を閉じても金色が浮かびますが、銀閣寺は目を閉じると静けさが浮かびます。これはなかなか不思議なことですな。

金は見るもので、侘びは感じるものじゃからのう。この門をくぐる前と後では、少しだけ何かが違うておるはずじゃ。

言われてみると、入ってくる時と出ていく時で、この門がまったく違って見えますな。入る時は何があるかわからぬ期待で、出る時は何かを持って帰るような気がして。

それが寺というものじゃろうのう。持ってきた銭を池に投げ、代わりに何かを持って帰る。

投げた五円玉の引き換えにしては、随分と大きなものを持って帰りますな。

義政公、大盤振る舞いじゃのう。


……茶が、氷の中に入っておるのう。

冷たい抹茶ですよ。しかもボトルに入ってたらいで冷やされて。期間限定だそうです。

茶はのう、熱い湯で点てて、その温かさごと飲むものじゃ。冷やしてボトルに入れたものは、茶とは呼べんのう。

では宗匠、なんと呼びますか。

……緑色の飲み物じゃのう。

辛辣ですよ宗匠。しかし見てください、右にもこもこソフトクリームもありますよ。抹茶とバニラのミックスで。

もこもこ、とはなんじゃ。

いま流行の冷菓子です。

茶をもこもこと呼ぶ時代になったのかのう。ワシの時代は茶は命がけじゃったのじゃが。

時代が変わりましたな。命がけの茶から、もこもこの茶へ。

……まあ、平和になったということじゃろうのう。

宗匠、一本買いましょうよ。せっかくですから。

450円か。某の黒楽茶碗と比べると、随分と手頃じゃのう。

買う気になってますよ宗匠。

銀閣寺参道沿いの御米処・ふみやが、あゆ塩焼き950円とおにぎり1個300円の看板を掲げている。

鮎じゃのう。お腹が空いたのう。

宗匠の目が光りましたよ。さっきの冷茶より明らかに反応が早いですよ。

鮎は川の香りがする。塩を振って焼くだけでよい。余計なものは何もいらん。これぞワシの美学じゃ。

宗匠、それ食べたいだけですよね。美学は後付けですよね。

銀閣寺は思ったより立体的で、体力を使ったからオニギリ食べたいのう。

立ち食いもあれですし、お店に入ってみましょうか。

盆には京風白味噌汁の椀と、きんぴらごぼうが添えられ、余計なものを一切置かない潔い膳。

白味噌じゃのう。京の味じゃ。

さすがは銀閣寺の参道ですな。東山で白味噌とおにぎり、これ以上ない組み合わせでございます。

白味噌は甘みの中に深みがある。赤味噌のような主張はせんが、消えもせん。これが京の美意識じゃのう。

きんぴらごぼうもごぼうのしっかりした歯応えと、白味噌の柔らかさが交互に来る。これはよく考えられた膳ですな。


米、白味噌、ごぼう。どれも地味じゃが、どれも本物じゃ。義政公が追い求めたものが、このおにぎり膳に全部入っておるような気がするのう。

銀閣寺を出て参道のおにぎり屋で悟りを開くとは、思っておりませんでしたな。

悟りはいつも、意外なところで開くものじゃよ。













































































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