すい臓がん治療に新たな希望 ― 生存期間を倍にした新薬ダラクソンラシブとは

ダラクソンラシブの構造式

すい臓がん全体の9割を占める膵管腺癌(PDAC)は依然として予後不良の難治性悪性腫瘍であり、転移例の5年生存率は3〜13%にとどまる。1次治療としてGem/nab-PTXあるいはFOLFIRINOXが標準とされているが、増悪後の2次治療選択肢は限られており、奏効率・生存期間ともに不十分であった。

PDACにおいてはRAS経路の異常活性化が主要な発がんドライバーであり、KRAS G12変異は全症例の約90%に認められる。しかしRASタンパクは長年「druggable targetではない」とされ、直接阻害薬の開発は難渋を極めてきた。


従来のわずかな成功例(KRAS G12C阻害薬など)は、特定の「不活性状態(OFF状態)」の変異を狙うものだったがダラクソンラシブは異なる。細胞内のシャペロンタンパク質(シクロフィリンA)とまず結合し、それを「糊(分子標的グルー)」のように使って、活発に動いている「活性型(ON状態)」のRASに直接蓋をする。

この独創的な「三者複合体(Tri-complex)」というアプローチが、科学的なブレイクスルーとなった。

これまでの薬が「G12C変異を持つがん」などピンポイントにしか効かなかったのに対し、ダラクソンラシブはマルチ選択的(汎RAS)に作用。G12D、G12V、G12Rなど、様々なRAS変異をまとめて一網打尽にできるため、これまで標的薬の恩恵を受けられなかった広範な患者への治療の道を開いた。

がんの王様と呼ばれる膵臓がんに対して経口薬で圧倒的な延命効果を示し、RASという難敵の攻略法を完全に書き換えた薬がダラクソンラシブ。




RASolute 302試験(NCT06625320)

試験相       フェーズ3、グローバル多施設共同、非盲検ランダム化比較試験
登録患者数500名(ダラクソンラシブ群 n=248、化学療法群 n=252)
実施施設北米・欧州・アジア 59施設
組入れ基準転移性PDAC、前治療1レジメン(フルオロピリミジンまたはゲムシタビンベース)後の増悪、ECOG PS 0–1、腫瘍RAS変異状況(変異型・野生型ともに可)
介入群ダラクソンラシブ 300 mg 経口1日1回(連日)
対照群(医師選択)① Gem/nab-PTX ② mFOLFIRINOX ③ NALIRIFOX(nanoliposomal irinotecan + 5-FU/LV) ④ FOLFOX
主要Endpoint  OS・PFS(BICR評価)— RAS G12変異集団
主要副次EndpointOS、PFS、ORR — 全ITT集団(RAS変異状況によらず)
その他副次EndpointDOR、QOL(EORTC QLQ-C30)、疼痛悪化までの期間
データカットオフ2026年2月10日
フォローアップ8.5ヶ月(範囲 3.2〜15.9ヶ月)
ランダム化因子地域(北米/欧州/アジア)、ECOG PS(0/1)、RAS変異状況

  • 試験の格付け(フェーズ3): 承認申請の決定打となる最終段階の比較試験
  • 対象: 転移性PDACであり、すでに1つの治療ラインを行った後に増悪した患者
  • 介入群(ダラクソンラシブ群:n=248):300 mg を経口で1日1回(連日)
  • 対照群(化学療法群:n=252):現在の標準的な化学療法





手強い転移性膵がんの2次治療において、「既存の強力な注射化学療法に対し、ダラクソンラシブという1日1回の飲み薬が勝てるか」を、高い客観性(BICR評価、厳格なランダム化)をもって真っ向から証明しにいった、無駄のない試験デザインとなっている。



千利休
千利休

世界中で行われた臨床試験なんじゃのう。

古田織部
古田織部

対象国に記載があるアジアには日本の施設も含まれています。

千利休
千利休

日本はすい臓がん患者が多いからのう。

古田織部
古田織部

厚生労働省が薬を承認するとき、その臨床試験に日本人が含まれているかどうかが大切になります。

千利休
千利休

人種によってなりやすい病気だったり、効きやすい薬だったりがあるからのう。

古田織部
古田織部

そういった慎重意見に対する答えを既にこの薬は持っています。






試験結果

Endpointダラクソンラシブ標準化学療法HR(95%CI)p値
【主要エンドポイント】RAS G12変異集団(n=228 vs 231)
OS中央値13.2ヶ月
(95%CI: 10.0–NE)
6.6ヶ月
(95%CI: 5.4–8.2)
0.40(0.30–0.54)5.9×10⁻¹⁰
PFS中央値7.3ヶ月3.5ヶ月0.45<0.0001
【主要副次エンドポイント】全ITT集団(n=248 vs 252)
OS中央値(ITT)13.2ヶ月6.7ヶ月0.40<0.0001
PFS中央値(ITT)7.2か月3.6か月0.49<0.0001
ORR(ITT)33.2%11.8%
【その他副次エンドポイント】
奏効期間(DOR)中央値8.2ヶ月
(95%CI: 3.8–NE)
疼痛悪化までの期間9.2ヶ月3.8ヶ月
QOL悪化までの期間5.7ヶ月2.6ヶ月


全生存期間:ダラクソンラシブ: 13.2ヶ月 vs 標準化学療法: 6.6ヶ月
腫瘍学において、もっとも動かしがたい指標である全生存期間の中央値(OS中央値)。膵がんの2次治療において、生存期間を1ヶ月や2ヶ月延ばすことすら至難の業。それを一気に2倍にし、大台である1年を遥かに突破して13.2ヶ月に到達させたのは、これまでの常識では考えられない劇的な成果。


驚異のハザード比(HR=0.40)
これは「死亡リスクを60%減少させた」という意味。通常の抗がん剤の試験では、HRが0.75〜0.80(リスク20〜25%減)でも拍手喝采。0.40という数値は、他のがん種の治療薬を含めても滅多にお目にかかれない圧倒的な差。


PFS中央値が2倍以上(3.5ヶ月 ➔ 7.3ヶ月)
がんが大きくならずにコントロールできている期間も、しっかり倍以上に延長している。


主要副次エンドポイント(全ITT集団)のOS中央値を見ても、13.2ヶ月(HR 0.40)と、RAS G12変異集団と同じクオリティを維持している。これはダラクソンラシブがPan-RAS阻害薬であることを裏付けている。







RAS G12 変異集団における全生存率

RAS G12変異集団におけるダラクソンラシブと化学療法の全生存率を比較したKaplan-Meier曲線


千利休
千利休

全生存期間が倍になったとな、確かに凄いとは思うが半年だけ延びただけとも思えるのう。

古田織部
古田織部

1年後生存率をみてください。それまでの治療では10人中2人程度しか生存していません。しかしダラクソンラシブ群は半数が生存しています。1年後の生存確率が三倍近いです。

千利休
千利休

しかしこの試験はRAS G12変異という患者だけの結果なんじゃろう?肺がんでもいろいろなタイプがあってそれぞれに応じて薬を選ばんと。

古田織部
古田織部

メインの試験結果は確かに変異している患者さんの結果ですが、副次的に変異のないすい臓がん患者さんを含めての結果も出ています。そしてその結果は変異ありとOSが一致しています。

千利休
千利休

変異が無くても効果があるんじゃのう。

古田織部
古田織部

というよりPDACの場合はRAS変異を認める割合が9割近いのです。

千利休
千利休

肺がんじゃとALK変異とかEGFR変異とか色々じゃがすい臓がんはわかりやすいんじゃのう。

古田織部
古田織部

RAS変異にはさらに小さなサブタイプがありますが、そういった変異があってもダラクソンラシブは効果があります。Pan-Rasな薬の証明でもあります。



  • 疼痛悪化までの期間: 3.8ヶ月 ➔ 9.2ヶ月
  • 全般的QOL悪化までの期間: 2.6ヶ月 ➔ 5.7ヶ月


古田織部
古田織部

膵がんは周囲の神経を巻き込むため、激しい痛みを伴うことで有名です。ダラクソンラシブは、その痛みが悪化するまでの期間を2.4倍も先延ばしにし、体調がガクッと落ちるまでの期間も倍以上に延ばしています。

千利休
千利休

すい臓がんは発見からあっという間に亡くなってしまう恐ろしい病じゃ。平均余命半年といっても、3か月もしたら癌が進行してQOLが大幅に低下してしまうのう。

古田織部
古田織部

抗がん剤の臨床試験で最も重要なのはOSですが、こういったQOLの改善も臨床ではとても大切です。

千利休
千利休

症状が悪化するまで半年延長できるなら、人生の最後に悔いが残らないように食べたいものを食べたり、行きたかった国に旅行へ行けるかもしれんのう。

古田織部
古田織部

経口薬なので、病院での注射が必要な既存の治療に比べて生活の自由度が大きくなります。






安全性・忍容性プロファイル

比較項目ダラクソンラシブ標準化学療法
投与経路経口(1日1回)静脈内投与
主な有害事象皮疹・口内炎(低グレード主体)骨髄抑制、悪心、末梢神経障害、脱毛
Grade 3以上の有害事象少ない多い
用量減量・治療中断率少ない多い
新規安全シグナルなし
QOL悪化(主観的)TTD 5.7ヶ月TTD 2.6ヶ月




千利休
千利休

抗がん剤と言えば強い吐き気や脱毛など過酷な副作用じゃのう。

古田織部
古田織部

今回の臨床試験でも対照群では白血球や血小板が減って感染症リスクが上がったり、吐き気に苦しんだり、手足がしびれて歩行困難になったり、髪が抜けたりと、体的・精神的負担が非常に重いものばかりでした。

千利休
千利休

ダラクソンラシブの副作用は主に皮膚系のようじゃのう。

古田織部
古田織部

他の分子標的薬と同じように皮膚系の副作用には注意です。ただこれらの副作用はスキンケアなどで充分フォロー可能です。リスクリワードを考えたら許容範囲内です。

千利休
千利休

余命が倍になるんなら、なんぼでもスキンケアするのう。






ダラクソンラシブの作用機序

ダラクソンラシブの作用機序

Binary complex(二者複合体)、Noncovalent(非共有結合)、Steric Occlusion(立体障害によるエフェクター遮断)、RBD-CRD(RAF結合ドメイン)




  • シャペロンタンパク質との結合
  • 分子の糊への変貌
  • 活性型(ON状態)RASへの結合
  • 三者複合体(Tri-complex)の形成
  • エフェクター結合面の物理的ブロック
  • MAPKシグナル停止


投与されたダラクソンラシブはそのままの状態では効果を発揮できない。まず体内に豊富に存在するシクロフィリンAというたんぱく質と合体する。このダラクソンラシブ+シクロフィリンAの複合体となって初めて活性型RAS(GTP結合型)へ結合し3つが一つとなる。

この状態になるとRASが癌増殖下流シグナルを発することができなくなり癌が停止する。

ロキソプロフェンのように服用後に代謝され構造を変化させてから効果が出るプロドラッグとも違い、たんぱく質と薬が結合して初めて効果を発揮するという画期的なメカニズムを持つ。


千利休
千利休

とんでもなく洗練された作用機序じゃのう。初めて景徳鎮の器をみたような衝撃じゃ。

古田織部
古田織部

今までの薬は標的とするたんぱく質といかに作用するか、という観点で創薬していましたが全く違う発想です。

千利休
千利休

そもそもこのRASを標的とする薬の開発は無理との定説じゃったのう。

古田織部
古田織部

RASは景徳鎮のようにツルツルな表面をもつたんぱく質で、薬を引っかける部分(ポケット)が見つからなかったんですよね。ならRASにポケットがないなら、RASの表面全体を物理的に蓋で覆ってしまえばいいとの発想です

千利休
千利休

でも、最初からそんなに大きな分子の薬を作ったら、細胞の膜を通り抜けられなくて患者さんが飲めなくなるのう。

古田織部
古田織部

そこで細胞の中に最初からいる巨大なタンパク質(シクロフィリンA)をハイジャックして、蓋の代わりに使おうという流れで完成した薬がダラクソンラシブです。

千利休
千利休

免疫抑制剤のシクロスポリンもそんな感じの動きじゃったのう。

古田織部
古田織部

そうです。シクロスポリンはシクロフィリンAと合体してカルシニューリンという酵素をブロックします。ただシクロスポリンは真菌が産生する自然の物質であり人間が設計したものではありません。人間が狙って設計した薬という点が驚異的です。

千利休
千利休

白血病治療に革命を起こしたグリベック(イマチニブ)の作用機序にも驚いたものじゃが、これはそれを上回っておるのう。

古田織部
古田織部

グリベックも歴史に残る偉大な薬ですが、このダラクソンラシブもそれに匹敵する、もしくは超える薬かもしれません。






参考文献

  • O’Reilly EM, Wainberg ZA, Hendifar AE, et al. Daraxonrasib or Chemotherapy in Previously Treated Metastatic Pancreatic Cancer. N Engl J Med. Published online May 31, 2026. DOI: 10.1056/NEJMoa2605555
  • Wolpin BM, Wainberg ZA, Hendifar A, et al. Daraxonrasib, a RAS(ON) multi-selective inhibitor vs chemotherapy in previously treated metastatic pancreatic adenocarcinoma (mPDAC): Primary and final analysis from the phase 3 RASolute 302 study. J Clin Oncol. 2026;44(suppl 17):Abstr LBA5. ASCO Annual Meeting 2026.
  • Wolpin BM, Park W, Garrido-Laguna I, et al. Daraxonrasib in previously treated advanced RAS-mutated pancreatic cancer. N Engl J Med. 2026 May 11. DOI: 10.1056/NEJMoa2505783
  • Revolution Medicines. Daraxonrasib Demonstrates Unprecedented Overall Survival Benefit in Pivotal Phase 3 RASolute 302 Clinical Trial. Press release. April 13, 2026. ir.revmed.com
  • ClinicalTrials.gov. Phase 3 Study of Daraxonrasib (RMC-6236) in Patients With Previously Treated Metastatic Pancreatic Ductal Adenocarcinoma (PDAC). NCT06625320

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